世の中には魂の存在を信じない人さえいるというのに。毎日。魂の働きを感じている。
まったく幸せの中にある。幸福。タイトル名で検索で引っかかるようになった。わしの。が付くと検索で引っかかる。自覚の投稿がヒット。偉人であることを自覚。世界ランカーの役割とは。アセンションとの関係。スピリチュアルとは何か。精神的自由。精神的に満たされている。充実している。自分にしか書けないことを誰にでもわかる言葉で。『ウォークイン』といってもほとんどの人には通じない。本を読んでる人にしかわからない。90%の人はクローゼットか何かだと思うだろう。
スピリチュアルというと何か観念的な、地に足のつかないフワフワした感じかと思っていたが、まったく違った。恐ろしく感覚的に確かなことだ。確信的なことだ。疑いようがない。パスカルがわれ思うゆえにわれあり。といったらしいが思う以前の感覚。身体の確かな感覚として太公望なのである。憑神に近いのかも。というかウォークインなのだ。まさにウォークイン。僕の中に入ってきて僕の代わりに意識。自意識を支配している。まったく不思議としか言いようがない。自意識は太公望である。その時僕の意識は隠れている。鏡をみて自分の顔を映しているときだけ僕は僕にもどることができる。僕が自分のことを太公望だといっても誰も信じないだろう。証明しようがないし。説明のしようもない。確認のしようもないのだ。ジョハリの窓の自分しか知らない自分。他人の目から見た僕はただの引きこもりに見えるかもしれない。いつになくうまく自分のことが説明できた。
僕が太公望だとして。だから何なんだ?というのもある。他人にとってはどうでもいいことなのだろう。しかし、当事者たる僕にとっては決定的に重要なのだ。何しろ10年以上四六時中太公望なのだ。FRIENDS。君と永遠を生きよう。なのだ。
太公望も自分が太公望であることを自覚している。太公望なのだ。間違いない。火を見るより明らかに疑いようのない事実として感覚的にわかるというやつだ。体感。不思議な体感。この体感がまた不思議で時々有名人の体感となるのだが。なぜかその人だと感覚的にわかる仕様となっている。人間の不思議な感覚。最先端の人間学とか脳科学でもわからないだろうと思う。もちろん物理学・心理学・宇宙学でもわからないだろう。精神医学でも説明はつかないだろう。スピリチュアルにはまる人は感覚的にそのことを知っている。ああ。これは従来のアカデミーでは無理だ。学術的に限界がある。そう。現代の最新科学をもってしても説明しえないことはあるのだ。身体をいくら切り刻んでも魂は見つからない。空をいくら駆け巡っても『天』は見つからない。解剖学の権威でもトップガンでも無理なのだ。
梵天が人間の体の中に。人間の心の中に隠したらしい。
内観。自分自身を知ること。
魂の生活の国。
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